ノアの方舟の動物たちの乗船順は決まっていた?聖書と伝承の記述を徹底解説

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豆知識

「ノアの方舟って、子どものころに絵本で読んだことはあるけれど、実際にどんな話だったかはあやふや…」そんな方も多いのではないでしょうか。

この記事では、動物たちが方舟に乗る“順番”に注目して解説していきますが、まずはその前提となる物語の背景をしっかり押さえておきましょう。

ノアの方舟の物語は、旧約聖書「創世記」6章~9章に登場します。

神は、地上にあふれる悪や暴力を嘆き、人類を一度リセットする決断をします。

しかし、信仰心があり正しい人とされたノアとその家族には慈悲を示し、彼らを洪水から救うために方舟を作るよう命じたのです。

神はノアに、「あらゆる動物をオスとメスのペアで方舟に乗せるように」と告げました。

さらには、「清い動物は七つがい、汚れた動物は一つがい」という細かい指示もあります。

ここが、私たちが疑問に思う「どの動物が、どんな順番で、どんな基準で乗ったのか?」というテーマに繋がっていく重要なポイントなのです。

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聖書に書かれている動物の乗船についての記述

実は、聖書の中に「動物たちが方舟に乗り込む順番」についての明確な記述はありません。

創世記には、「あらゆる生き物が、神の命じたとおりに、つがいで方舟に入った」と書かれているのみです。

創世記7章にはこうあります。

「あなたはすべての清い動物の中から雄と雌七つがいずつ、清くない動物の中から雄と雌一つがいずつ取り、鳥もまた雄と雌七つがいずつ取りなさい」(創世記7章2~3節)

このように、動物の「種類」や「つがいの数」については指示がありますが、「ライオンが先で、次に羊が…」というような具体的な“順番”の描写は見当たりません。

つまり、私たちが想像するような行列を作って順番に乗り込むシーンは、後世の絵本やアニメなどの創作によって形成されたイメージなのです。

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動物の「順番」についての聖書的な根拠はあるのか?

では、聖書的には順番に意味がないのか?と言えば、必ずしもそうとは言い切れません。

間接的に順番や優先順位を示唆している部分もあるからです。

たとえば、「清い動物」が「汚れた動物」よりも多く乗せられるという記述は、宗教的価値観の反映であり、神に捧げるための“重要性”を示しています。

ここから、「清い動物が先に乗ったのでは?」という推測は成り立ちます。

また、「神が命じたとおりに入っていった」と記されている点は、自然な順序や秩序が存在していたことを匂わせています。

人間の目には見えない“神の意図する順序”があったと考える神学者もいます。

このように、順番そのものが聖書に書かれていないとはいえ、無意味というわけではなく、「見えない意図」があったかもしれないと受け取る余地があるのです。

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ユダヤ教・キリスト教の伝承に見る「乗船順」の解釈

聖書そのものには書かれていなくても、長い歴史の中で語り継がれてきた伝承や注解書の中には、乗船順についてのヒントが散見されます。

ユダヤ教の伝統的な解釈では、ノアの家族がまず乗り、その後に動物たちが命じられた順に従って乗り込んだとされます。

ラビ文学の一部では、「獣たちは神の霊によって順に導かれた」とも言われています。

キリスト教圏では、特に中世の聖画や写本の中で、ライオンやゾウのような大きくて強い動物が先に描かれることが多く、順番に象徴的な意味合いが込められていたことがわかります。

これらの伝承から読み取れるのは、「神の秩序」や「象徴的な序列」としての順番が、人々の信仰や文化の中で自然に形成されていったということです。

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民間伝承や絵本に描かれる動物の順番とその意味

私たちが“ノアの方舟”と聞いて思い浮かべるビジュアルは、多くの場合、絵本やアニメ、映画などで描かれてきたイメージに強く影響を受けています。

たとえば、日本の絵本や海外の児童書では、ゾウやキリン、ライオンなど大きくて人気のある動物が最初に登場し、続いてうさぎやねずみなど小さな動物たちが後ろからついてくる描写が一般的です。

こうした描き方には、「人気のある動物」「視覚的に映える順序」といった演出上の意図が含まれており、実際の聖書とは異なる“創作”の世界が展開されています。

ですが、このような描写が子どもたちの興味や想像力を育てるきっかけになっていることも事実です。

つまり、順番そのものに「真実」を求めるのではなく、「どのように語られ、どう受け止められているか」を大切にする視点も重要なのです。

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動物のペアと「清い動物」「汚れた動物」の違い

動物の順番を考えるうえで見逃せないのが、清い動物と汚れた動物の違いです。

創世記では、清い動物は七つがい、汚れた動物は一つがいずつ方舟に乗せられたとあります。

この「清い/汚れた」という概念は、旧約聖書の律法に基づくもので、神に捧げることができるもの=清い、捧げるにふさわしくないもの=汚れた、という分類です。

具体的には、反芻し、ひづめが割れている動物(例:羊や牛)は清い動物とされ、そうでない動物(例:豚やラクダ)は汚れているとされます。

この違いによって、方舟に乗せる優先順位や目的も異なった可能性があり、「清い動物の方が先に、神の命令に基づいて導かれた」という考え方も、一定の説得力を持っています。

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まとめ

結論から言えば、聖書には「動物たちがどんな順番で乗ったのか」について明確な記述はありません。

けれども、清い動物の扱いや伝承の中に、順番にまつわる意味や象徴性が見え隠れしているのも事実です。

順番が書かれていないからこそ、人々は想像力を働かせ、物語を語り継ぎ、絵に描き、信仰の中に取り込んできました。

それが、ノアの方舟の物語のもう一つの魅力なのかもしれません。

つまり、「動物の順番」は“事実”よりも“意味”が問われるテーマです。

私たちはその問いを通じて、神の意志、人間の想像、そして信仰が交わる不思議な物語世界に触れているのです。